静岡地方裁判所 昭和40年(行ウ)2号 判決 1968年9月06日
原告 有限会社東京薬局
被告 静岡県知事
参加人 有限会社小松薬局
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用および参加によつて生じた費用は、いずれも原告の負担とする。
事実
第一、原告訴訟代理人は、「被告が昭和三九年一二月二六日参加人有限会社小松薬局に対してなした静岡県熱海市熱海三六四番地の四二における薬局開設許可の処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
「一、被告は、昭和三九年一二月二六日参加人有限会社小松薬局(以下小松薬局と称する。)に対して、請求の趣旨第一項記載の薬局開設の許可を与えた。
二、原告は、昭和三四年以来同県同市熱海四一五番地において薬局を開設し、調剤および医薬品の販売等を主たる営業目的としているが、原告の右薬局店舗と右許可にかかる小松薬局の薬局店舗の設置の場所とは、その距離が、直線距離にして約六〇メートル、歩行距離にして約八〇メートルに過ぎない。
薬事法第六条第四項の規定に基づき、薬局等の配置の基準を定める昭和三八年一〇月一一日静岡県条例第五二号第三条第二号によれば、現に存する薬局等の設置の場所と許可を受けようとする薬局等の店舗の設置の場所との距離が一五〇メートルに満たない場所であるときは、除外事由に該当しない限り、許可を受けようとする薬局等の店舗の設置の場所が配置の適正を欠くものと認められ、新たな薬局開設の許可を与えてはならない旨規定されている。
したがつて、被告の右薬局開設許可処分は、右薬事法および静岡県条例の規定に違反する違法な処分である。
したがつて、薬事法は、薬局の開設につき許可制を採用し、第六条第二項において「設置の場所が配置の適正を欠く」と認められる場合には許可を拒みうる旨定めているが、その立法趣旨は、医薬品は他の一般商品と異なり生命健康の保持に直接関係する特殊な商品であり、医薬品の調剤および供給の義務は国民の疾病の治療ないし予防を目的とし、国民保健のうえに極めて重要な使命をもつものであるから、その義務については医薬品、薬業に関する一連の法規によつて厳重な規制、監督が加えられているのであるが、右義務に携わる薬局は現在都市に集中し、繁華街に偏在乱設され、必然過当競争の激化となり、いわゆる乱売りが行われ、その結果は経営の不安定を招来し、あるいは施設に欠陥を生じ、あるいは医薬品供給の適正を阻害することとなり、しかも今後ともかかる事態はますます激しくなる傾向にあるところ、薬局の設置場所が配置の適正を欠き、その偏在ないし濫立をきたすに至ることは公共の福祉に反するものであるから、国民健康保健のうえからかかる事態をできる限り防止することが望ましいということにあり、前記条例は右薬事法の規定を受けて、その適正配置の基準が定められたものであるから、これらの規定が国民保健という公共の福祉の見地から出たものであることはもちろんであるが、同時に無用の競争により経営が不合理化することのないように濫立を防止することが公共の福祉のために必要であるとの見地から既存の薬局を濫立による経営の不合理化から趣旨をも含むものであることが明らかである。
したがつて、適正な許可制度の運用によつて保護せらるべき既存薬局の営業上の利益は単なる事実上の反射的利益というにとどまらず、薬事法によつて保護される法的利益と解すべきであるから、前記薬局開設許可処分前より、小松薬局の店舗より一五〇メートル内の地点に薬局店舗を有する原告は、右違法な薬局開設許可処分の取消を求める法律上の利益があるので、その取消を求めるため本訴に及んだものである。」
と述べ、
被告および参加人の主張に対して、
「一、小松薬局は、当初熱海市熱海三六五番地の二に店舗を有したが、同所三三九番地の一にこれを移し、次いで同所三六四番地の四二の現在地にこれを移したこと、その当初の店舗と原告店舗との距離が一五〇メートル以内であること(ただし、それは一二〇メートルである。)、小松正雄が右三六五番地の二の土地を株式会社ニユーフジヤホテルに売却したこと、小松薬局がその主張の年月日に、右三三九番地の一の土地上の店舗における薬局開設許可申請をし、その旨の許可を受けたこと、右三六四番地の四二の土地について同三八年一一月一八日付で静岡銀行から小松正雄に対し所有権移転登記が経由されていること、以上の事実は認めるが、その余の事実は否認する。
二、小松薬局の薬局開設許可申請は、前記静岡県条例第二条第七号の「天災事変、土地の収用その他のやむを得ない理由」には該当しないから、同条例第三条の適用がある。すなわち、右「やむを得ない理由」とは、天災事変、土地の収用と同程度の不可抗力的な理由であることを要し、かつその理由の発生は、右条例の公布施行された昭和三八年一〇月一一日以降ないしは薬事法改正規定の公布施行された同年七月一二日以降にに存することを要するものと解すべきであるから、被告、参加人の主張はそれ自体理由がない。のみならず、同号の「他の場所」は、すくなくとも、従前の場所と現存薬局の設置場所との距離以上に離れた場所にして、現存薬局の経営に不安定をきたさない場合でなければならないと解すべきところ、本件許可にかかる小松薬局の店舗は従前の場所より原告店舗に距離が近く、原告店舗の経営は不安定をきたす場合であるから、右第二条第七号の場合には該当しない。
また、右小松正雄は右三六五番地の二の土地を都市計画によつて収用され、その移転を余儀なくされたものではなく、繁華な場所に薬局を開設すべく、株式会社ニユーフジヤホテルに右土地を任意売却したものであるから、右第二条第七号の場合には該当しない。」
と述べた。
(証拠省略)
第二、被告訴訟代理人は、本案前の申立として「原告の本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、本案の申立として主文第一、二項と同旨の判決を、求め、本案前の主張および請求原因に対する答弁として、
「一、被告が原告主張のとおり小松薬局に対して、薬局開設の許可を与えたこと、原告がその主張のとおり薬局を開設して、調剤および医薬品の販売を主たる営業としていること、および右許可にかかる小松薬局の店舗設置の場所と右原告の薬局店舗との間の距離は一五〇メートルに満たないこと、以上の事実は認める。
二、しかしながら、本件薬局開設許可処分取消事件は行政事件訴訟法第三条第二項の規定に基づく取消訴訟であるから、同法第九条により原告に当該処分の取消を求める法律上の利益が存することを必要とするが、原告には右取消を訴求しうる法律上の利益がなく、当事者適格がないから、本件訴は不適法として却下されるべきである。すなわち、薬事法は昭和三八年七月一二日法律第一三五号をもつて改正されたが、薬局等の許可に関し新旧両法規を比較検討すると、改正前の旧規定がその構造設備と申請者とについての要件のみを薬局等の許可要件としたのは、それ以外の要件を課することは保健衛生上不必要であるとの法意に出ずるものであり、一方改正後の規定が薬局等の設置の場所の適正かどうかの点をもその許可の要件となしうる旨規定したのは、そうすることが保健衛生の保護という公共の福祉のため必要であるとの趣旨に出ずるものであつて、改正規定による薬局等の配置の規制の趣意が原告の主張するように既存薬局の経営の安定をはかる目的に出でたものとはとうてい解することができない。公衆浴場法による配置規制についての最高裁判所昭和三七年一月一九日付判決(民集第一六巻第一号第五七頁)は、公衆浴場と薬局等との性格、利用関係、施設、業態面、社会的作用面での本質的および一般生活関係上の差異、ならびに公衆浴場法と薬事法との法規の体裁、内容の差異に着目するとき、ただちに本件にこれを授用することはできない。
したがつて、被告の小松薬局に対する薬局開設許可処分が、かりに違法であり原告の営業上の利益に影響するとしても、これをもつて法律上保護された利益の侵言ということはできないから、原告に右許可処分の取消を求める法律上の利益はなく、原告の本件訴は不適法である。
三、かりに、原告に右薬局開設許可処分の取消を訴求する法律上の利益があるとしても、右処分は薬事法およびこれに準拠して制定された昭和三八年一〇月一一日静岡県条例第五二号に基づいてなされた適法な処分であつて、なんらの瑕疵も違法もない。すなわち、薬事法の改正目的は、薬局等の新設に当つてその設置場所について規制したものであり、これに基ずく右条例第二条はその配置規制の適用範囲を限定し、同条各号の場合には、いずれもその設置場所について配置の適正を欠くことにはならないとして、同条例第三条を適用しない旨定めているが、小松薬局に対する薬局開設の許可は、以下に述べるように、同一開設者の設置場所の変更、移動であつて、薬局等の新設の場合ではなく、同条例第二条第七号に該当するから、設置の場所について配置の適正を欠くということにならない場合であり、同条例第三条の適用がないから、右許可処分に原告主張のような違法の点はない。
以下に、右許可処分が、同条例第二条第七号に該当する場合である点を詳述する。すなわち、小松薬局代表取締役小松正雄は大正一五年六月より熱海市内において個人営業の薬局を開設していたがその後同市熱海四三三番地の一に移転し、昭和二六年一月、同所において右営業を法人組織とし有限会社小松薬局を設立して右小松正雄がその代表取締役となつた。右小松薬局は、小松正雄所有の右同所宅地三二坪のうち表道路に面した間口二四尺、奥行一五尺の土地上の約九・五八坪の建物を同人から賃借し、その部分を薬局の店舗とし、同三七年九月、同市熱海三三九番地の一に移転するまでの間、同所で営業をしていた。
小松薬局に右店舗の移転を余儀なくさせるに至つた原因は熱海市の都市計画にある。すなわち、熱海市都市計画は、都市計画法により昭和九年一二月一日主務大臣の指定があり当時の熱海町全域について都市計画区域の決定があり、同一二年四月九日都市計画事業決定およびその認可があり、同二五年四月二五日、施行命令をもつて右都市計画の施行者および事業完成年度について、施行者である静岡県が右命令の時から二年間に右施行をすべく定められ、同年五月二三日、土地区画整理の施行区域の決定告示第三四九号をもつて小松薬局店舗敷部分が右区域に編入される旨告示され、同年七月八日、熱海市都市計画街路の追加変更の告示第七〇一号をもつて小松薬局の前の道路が都市計画街路に決定された旨告示され、これによると右道路の幅員は、現状の七メートルから九メートルに拡張される予定であつた。右事業は、右施行命令所定の完成年度に工事完了せず、同二七年九月二二日設計変更認可、同月三〇日設計変更の手続を経たが、その間関係法令の改廃があり、同二九年五月二〇日法律第一二〇号をもつて土地区画整理法施行法が制定公布され、同三〇年四月一日から施行されたが、これによると、改正前の都市計画法第一三条の規定により、現に施行している土地区画整理に該当する熱海市都市計画街路の土地区画整理は、昭和三五年三月三一日においても現に施行されている場合、同日限り廃止されたものとされることとなつた。そこで、施行者は右都市計画事業の執行迅速化を図つたが、事業計画の完結に至らず、昭和三五年三月末、やむなく未了の部分は現状を変更しないまま換地処分を行つて、一応該事業に終止符を打つた。
右換地処分によつて、小松正雄所有にかかる前記同市熱海四三三番地の一の土地は、減歩されることなく同所三六五番地の二に地番変更となつた。
小松薬局は右熱海市都市計画事業による道路の拡張工事の実施は一時延期されたものの早晩これが実施されるに至るであろうことを予測し、実施の暁には薬局店舗の面積は七坪以下となり、営業可能の面積はいちじるしく狭隘となり、規定による面積の保持も困難となるため、昭和三七年四月ごろより右店舗の移転を考えるようになつた。そのころ、右店舗に隣接する富士屋旅館跡に株式会社アタミ・ニユーフジヤホテルが建設されることになり、右ホテルから小松正雄に右土地の譲渡に関する交渉があり、一方右ホテルは、同年七月、株式会社静岡銀行より、同銀行熱海支店の敷地である熱海市熱海三六四番地の四二宅地約四八坪を地上建物とともに買受けることになつたので、右小松は右ホテルとの間で右土地と前記三六五番地の二の土地とを交換すること、なお右ホテルは右小松に対し店舗改装費等として金四〇〇万円を支払うこと、右小松は同三七年八月中にその土地を明渡し、同ホテルは同三八年八月限り右小松に右敷地を引渡す旨の契約をした。ところが、右銀行熱海支店の立退が予定どおり進行しない見込がついたので同三七年九月二三日、右小松、右ホテル、右銀行の三者間で協議のうえ、右小松は前記三六五番地の二の土地を代金四三〇〇万円、移転補償料等金一〇〇万円で右ホテルへ売渡し、その代金等は、契約締結と同時に代金内金三〇〇万円と移転補償料等金一〇〇万円合計金四〇〇万円を、同三八年三月三一日と同三九年三月三一日にそれぞれ代金二〇〇〇万円ずつを支払うこと、右小松は同ホテルが右銀行から買受けた三六四番地の三二の土地を代金四〇〇〇万円で買受けること、右小松は右三六五番地の二を同三七年一〇月三一日限り明渡すこととその契約内容が変更された。その間右小松は、右三六四番地の四二の土地上に建築する建物の改造設計を石井建築事務所に依頼する一方、小松薬局は、従来の店舗を明渡し、右土地上の建物に新店舗を構えて営業するまでの間暫定的に仮営業所を設置せんがため、同三七年七月七日、訴外有限会社本町娯楽温泉組合(代表者芹沢和雄)から、熱海市熱海三三九番地の一宅地三〇坪を一時使用の目的で賃借し、仮設建物を建築し、同年八月二七日、静岡県知事に対し、前記三六五番地の二の店舗を取りこわし新たに建築するまでの間右仮設店舗で営業を行うための薬局開設許可申請をし、同年九月一五日その旨の許可をえた。前記銀行熱海支店の立退は、大蔵省の認可が遅れた関係で遅延したが同三八年一一月に至つてその明渡しが完了したため、同月一八日、右三六四番地の四二の土地について、右銀行と前記ホテル間の所有権移転登記を省略して直接、右銀行から右小松に対し所有権移転登記がされた。そこで右土地に店舗新築の工事に着手し、同三九年六月それが完成したので、同年一二月八日、小松薬局は、同所における薬局開設許可の申請をして、同月二六日その旨の許可を受け、ただちに前記仮営業所を廃止し、爾来右新店舗で薬局を開設営業しているのである。
小松薬局開設の経緯は以上のとおりであるが、前記条例第二条第七号にいう「天災事変、土地の収用その他のやむを得ない理由」とは、やむをえない事由によつて他に移転を余儀なくされる場合をいい、直接土地収用等の手続により従来の場所が使用不可能となる場合でなくても背後に強権があり終局的にはそれが発動される前に任意に移転した場合等も含むものと解すべきである。本件において小松薬局の薬局開設は、上記のとおり、全然別個新規なものではなく、他所地域よりの転入開設でもなく、同一開設者の設置場所の変更移動であつて、右移動は薬事法第六条第四項にいう「住民に対し適正な調剤の確保と医薬品の適正な供給を図る」行政目的からは客観的に前後同一の事情、条件にあると認められ、かつ同条項の「人口、交通事情その他調剤及び医薬品の需給に影響を与える」特段の事情ありと認められず、右移動は一般通念上小松薬局の恣意もしくは責任に帰せしめえないから、同条例第二条第二号にいう「その他のやむを得ない理由により他の場所で薬局を開設しようとするとき」に該当するものである。したがつて、小松薬局の薬局開設許可申請は、同条例第三条の薬局等の配置の基準の規定の適用を除外される場合に該当するから、本件許可処分にはなんら違法の点はない。
と述べた。
(証拠省略)
第三、参加人訴訟代理人は、
「原告主張の小松薬局に対する薬局開設許可処分は、被告が前記静岡県条例第二条第七号に該当するものとして薬局等の配置基準の制限なきものとして許可したものである。すなわち同条例第二条第七号にいう「天災事変、土地の収用その他のやむを得ない理由」とは、本人の責に帰しえない不可抗力的な原因に基づく場合はもちろん、薬局開設を許可しないことが客観的に判断して、いちじるしく苛酷であり、しかもこれを許可しても改正薬事法および右条例によつてその配置基準を制定した趣旨に背反しないと認められる場合をいうものと解すべきであり、かつ右理由の存否は、薬局開設許可申請当時に現存する事由に基づいて判断されるべきものであつて、右事由が薬事法改正前に生じたとしても、その状態が右申請当時現存していればやむをえない理由ありとして取扱われるべきものである。小松薬局は、熱海市熱海三六五番地の二の土地の表道路に面した約一〇坪の土地上に店舗を有していたが、これが熱海市都市計画による道路の拡張によつて約四坪減歩されることとなつたため、右道路拡張計画実施の暁にはその営業に重大な支障を生ずることとなると考え、薬事法改正前である昭和三七年四月ごろより同市熱海三六四番地の四二の土地上に店舗を移転する計画を立て右土地を小松正雄において買受け、その準備をしていたものであつて、当時右土地上にあつた静岡銀行熱海支店の立退が契約どおり完了すれば、薬事法改正前に薬局開設の許可が与えられたはずであつたが、同支店の立退が遅延したため、その間に薬事法の改正があり前記条例が制定されて配置基準の規制がなされるに至つたものであり、小松薬局の従来の店舗と原告の店舗とも一五〇メートル以内にあつて本件許可による薬局の開設によつて原告が従来に比し、不当に不利益を被るおそれはないのに、本件申請が不許可になつた場合、小松薬局は数一〇年来営業してきた薬局店舗を失うことになり、いちじるしく苛酷であるし、右許可によつて住民に対する医薬品等の供給が従前に比し不当に混乱を生じ保健衛生上支障をきたすおそれもないのである。したがつて本件薬局開設許可処分は適正なものである。」
と述べたほか、被告の主張を全面的に援用すると述べた。
(証拠省略)
理由
第一、静岡県知事が昭和三九年一二月二六日参加人有限会社小松薬局に対し、静岡県熱海市熱海三六四番地の四二における薬局開設の許可(以下本件許可処分という。)を与えたこと、原告が右同所より直線距離にして一五〇メートルに満たない同市熱海四一五番地において薬局を開設し、調剤および医薬品の販売等を業としていることは当事者間に争がない。
第二、そこで、原告に本件許可処分の取消を求める法律上の利益があるかどうかについて検討する。
一、薬事法第五条第一項は、薬局はその所在地の都道府県知事の許可を受けなければ開設してはならないと定め、同法第六条第二項はその薬局の設置の場所が配置の適正を欠くと認められる場合には右許可を与えないことができると規定している。右規定の立法趣旨は、医薬品は、他の一般商品と異なり一般公衆の生命健康の保持に直接関係する特殊な商品であり、その調剤と供給とが適正に行われることは一般公衆の疾病の診断予防ならびに健康の保持増進のために欠くべからざるものであるところ、薬事法は一定の場合に病院、診療所等においてなされる調剤を除いては薬局以外での調剤を認めず、供給については薬局および医薬品販売業の許可を受けたものに対してのみ行なうことを認めている関係上、一般公衆において医薬品の調剤と供給を適正円滑に受けうるためには、薬局等が不可欠の存在となり、したがつて、医薬品の調剤と供給の業務は直接一般公衆の保健衛生に関係し、その業務実施の場所である薬局等は多分に公共性を伴う厚生施設であると解すべきであり、もし、その設置を薬局を開設しようとする者の自由に委せて、なんらその偏在および濫立を防止する等その配置の適正を保つために必要な措置が講ぜられないときは、その偏在により、一般公衆が必要な時に容易に調剤と供給が受けられないという不便を来たすおそれがあり、またその濫立により薬局経営に過当競争を生じ、その経営を経済的に不合理ならしめ、ひいては薬局等に法規の定める規格以上の構造設備を備える意欲を失わせ、あるいは薬局等を一般公衆に最適良質の医薬品を供給しえない状態に至らしめるおそれがあるのであつて、このようなことは、上記薬局等の公共的性質にかんがみ、国民保健公衆衛生の見地からできる限り防止することが望ましいことであり、したがつて、薬局等の設置場所が配置の適正を欠き、その偏在ないし濫立を来たすに至るがごときことは公共の福祉に反するものであるので、この理由により薬局等の開設の許可を与えないことができる旨の規定を設けたのである。
そして薬事法第六条第四項は、同条第二項の配置の基準は、住民に対し適正な調剤の確保と医薬品の適正な供給を図ることができるように都道府県が条例で定めるものとしており、この委任に基づいて昭和三八年一〇月一一日静岡県条例第五二号「薬局等の配置の基準を定める条例」(以下適配条例という。)が制定され、同条例第三条は、許可を受けようとする薬局等の店舗の設置の場所が配置の適正を欠くと認められる場合の一として、その薬局等の店舗の設置の場所と「適用地域内に現に存する薬局等の設置の場所との間の距離が一五〇メートルに満たない場所であるとき」を掲げている。
二、これらの規定の趣旨から考えると、薬事法が薬局等の開設について許可制を採用し、前記のような規定を設けたのは、主として国民保健公衆衛生という公共の福祉の見地から出たものであることはもちろんであるが、他面、右目的を達成する一手段として過当競争によつて経営が不合理化しないように濫立を防止し、現存の薬局等を濫立による経営の不合理化から守ろうとする意図をも有するものであることを否定しえない。そうとすれば、適正な許可制度の運用によつて保護せらるべき薬局等の営業上の利益は、単なる事実上の反射的利益というにとどまらず、薬事法によつて保護せられる法的利益と解するを相当とする。
三、本件についてこれをみるのに、原告は前記場所において薬局を開設している者であり、右薬局店舗の設置場所と本件許可にかかる参加人の薬局店舗との間の距離は、直線距離にして一五〇メートルに満たぬこと前記のとおり当事者間に争がなく、検証の結果によれば、歩行距離にして約九六メートルであると認められるから、原告には、本件許可処分の取消を求める法的利益が存し、本件訴訟の原告適格があるものといわなければならない。
第三、そこで進んで本件許可処分が違法であるか否かについて判断する。
一、前記第一項記載の事実のほか、有限会社小松薬局が当初熱海市熱海三六五番地の二に店舗を有したがまずこれを同所三三九番地の一に移し、次いで同所三六四番地の四二にこれを移したこと、小松正雄が右三六五番地の二の土地を株式会社ニユーフジヤホテルに売却したこと、右小松薬局が昭和三七年八月二七日静岡県知事に対し、右三三九番地の一の土地上の店舗における薬局開設許可申請をし、同年九月一五日その旨の許可を受けたこと、右三六四番地の四二の土地について、同三八年一一月一八日、株式会社静岡銀行から小松正雄に対し所有権移転登記がなされていること、以上の事実は当事者間に争がない。
二、被告は、参加人に対する本件許可処分は適配条例第二条第七号の「天災事変、土地の収用その他のやむを得ない理由により他の場所で薬局を開設しようとするとき」に該当するから、同条例第三条の配置基準の適用範囲外であり、本件許可処分にはなんら違法な点はない旨主張する。
成立に争のない甲第一ないし第五号証、同乙第一号証の一ないし四、同第二号証の一ないし三、同第三、四号証の各一、二、同第五号証の一ないし四、同第六号証の一、二、および一一、同第七号証の一、二、同第八号証、同丙第三号証(乙第六号証の一九)、証人門井襄三、同伊東裕の証言により真正に成立したと認められる乙第七号証の三、証人小松正雄の証言により真正に成立したと認められる丙第一、二号証および同第六号証、郵便官署作成部分については当事者間に争がなく、その余の部分については右証人の証言により真正に成立したと認められる丙第四号証の一、二に証人近藤和男、同伊東裕、同小林朝光、同三津間常雅、同中山マツエ、同安富毅、同門井襄三、同小松正雄の各証言および検証の結果を総合すると次の事実が認められる。すなわち、参加人有限会社小松薬局の代表取締役小松正雄は個人営業で大正一五年六月より熱海市熱海三四五番地の二において薬局を開設し、昭和三年一〇月、同人所有の同市熱海四三三番地の一(三二坪)にこれを移転し、爾来同所において営業を継続して来たが、同二五年一二月二六日、右営業を法人組織とし、有限会社小松薬局を設立し、その代表取締役に就任したこと、右小松薬局は、小松正雄より、同人所有の右土地上の建坪約二八坪五合五勺の建物中、表通りに面した間口二三尺奥行一五尺の約九、五八坪の部分を賃借して店舗としていたこと(以下右店舗を第一店舗という。)、右四三三番地の一の土地は、熱海市都市計画に基づく区画整理事業による換地処分により、昭和三四年二月九日換地処分認可告示により現地換地となり、同所三六五番地の二、三二坪と地番変更され、同三五年三月九日その旨の登記がなされたが、その現状にはなんらの変更がなく、参加人は従前どおり営業していたこと、右土地は右換地処分によつて減歩されなかつたものの、同二五年四月一三日のいわゆる熱海大火後、市街地復興のため同年七月九日告示された熱海市都市計画街路追加変更決定によれば、右土地の前の道路の幅員が現状の七メートルから九メートルに拡張されることになり、それによつて右土地は道路に面した部分が間口二四尺、奥行四、八尺にわたつて道路敷となり、したがつて右地上の建物も間口二三尺、奥行四、八尺約三、〇六坪の部分がその影響を受けることになること、右街路計画がそのとおり、区画整理事業決定を受ければ、右建物の当該部分を収去せねばならなくなり、その結果小松薬局の店舗の残部分の面積は約六、五一坪となるが、小松正雄所有の右土地上の他の建物を賃借して店舗の面積を維持することは、他の部分がその家族の住居部分を構成しており、またコンクリート造倉庫であるため、困難であり、右残部分の面積では、薬局等構造設備規則第一条第三号に定める薬局の面積である一九、八平方米(約五、九九坪)以上という規格よりは少し上廻るが、いちじるしく狭隘となること、そして熱海市都市計画決定に基づく区画整理事業は漸次認可施行され、昭和三四年二月までに、右土地の隣地まで施行完成され、小松薬局の店舗は一部道路上に突出していたこと、小松正雄は、以上の事情から、右土地についての区画整理事業の決定施行も早晩行われるものと判断し、そうなれば前記七坪足らずの店舗では薬局経営はとうてい困難であると考え、同三七年四月ごろより右店舗を余所に移転させる決意をいだくに至つたこと、同年七月、右店舗に隣接する土地に株式会社アタミニユーフジヤホテルが建設されることになり、右ホテルは小松正雄に対し、同人から右三六五番地の二の土地を譲り受けることができれば、その代替地として右ホテルが株式会社静岡銀行から買受ける予定になつていてその旨の仮契約が成立している同市熱海三六四番地の四二の同銀行熱海支店の敷地建物の一部を提供する旨申し入れたこと、そこで右小松正雄はこれを承諾し、両者間に右趣旨の原則的意思の合致が成立したこと、したがつて右小松正雄は、ただちに同人所有の右土地上の建物を収去して右土地を右ホテルに明渡さねばならないが、右ホテルが右銀行より買受ける土地建物の引渡時期は、右ホテルと右銀行間の話合で大蔵省の認可をえて右銀行熱海支店の新築工事が完成し移転が完了した時とされていたため、同三八年八月ころになる見込であつた関係上、小松正雄は右銀行熱海支店跡に移転するまでの間営業するため、暫定的、仮営業所の敷地として、同三七年七月七日、有限会社本町娯楽温泉組合より同組合所有の同市熱海三三九番地の一(三〇坪)を賃借し、同所に木造亜鉛メツキ鋼板葺の仮設建物を建築し、前記のとおり同年九月一五日同所で薬局を開設する許可をえて本件許可処分のあるまでそこで営業をしたこと(以下右店舗を第二店舗という。)、その間に前記ホテルとの間の具体的交渉が進展し、同年九月二三日ころ、小松正雄は右ホテルに前記三六五番地の二の土地を代金四三〇〇万円で譲渡し(以上の売買自体は当事者間に争がない。)同年一〇月三一日までに右地上の建物を収去して引渡すこと、小松薬局は右ホテルより移転補償料として金一〇〇万円の支払を受け、同月二〇日限り右建物から退去すること、右ホテルは、前記銀行熱海支店の移転完了とともに右銀行より前記三六四番地の四二の宅地八九坪五合六勺およびその地上の建物を買受け、右物件中、本町通りに面する宅地約四八坪および鉄筋コンクリート造建物約三八坪を小松正雄に代金四〇〇〇万円で譲渡するという契約が成立したこと、その際、両当事者の間では、右銀行熱海支店の移転完了は同三八年八月ごろと予測されていたが大蔵省の認可が遅れ、結局、右移転は同年一一月になつたこと、そこで小松正雄は同年一一月一日、右ホテルに対し前記三六五番地の二の土地について所有権移転登記をしたこと、そのころ右ホテルは右銀行より同銀行熱海支店の土地建物を買受けたが、そのうち土地四八坪五合九勺は、同地上の建物とも、ただちに小松正雄に譲渡する関係上、右銀行において右土地部分を分筆したうえ、同月一八日、右銀行から右ホテルに対する所有権移転登記を省略して、直接小松正雄に対し所有権移転登記をしたこと(以上の登記があつたこと自体は当事者間に争がない。)、そこで小松正雄は右三六四番地の四二の土地上の建物の取りこわしおよび新築工事に着手し、同三九年六月右新築建物は完成したので、第二店舗より同地上の建物の一階に小松薬局の店舗を移転させるべく、熱海保健所に同所での薬局開設申請を提出するため相談したところ、同三八年七月一二日に前記薬事法の改正があり、同年一〇月一一日に適配条例が施行されていた関係上右既存の薬局と近接する場所における薬局開設許可申請には問題があるとして、同保健所は、静岡県衛生部の指示のもとに、許可申請をしばらく待つように勧告したため、小松薬局は一まずこれを取りやめ、同年八月一五日、右三六四番地の四二に薬局開設許可をえられるまでの間営業するためである旨付陳して、第二店舗における薬局開設許可の更新申請をしてその許可をえて第二店舗で営業したこと、その間静岡県衛生部は、厚生省の担当係官の意見を参酌して研究協議した結果、小松薬局の前記新築建物での薬局開設の問題は適配条例第二条第七号のやむをえない理由による他の場所での薬局の開設の場合に該当し、同条例第三条の配置基準の適用はないとの考えに固まつたので、同年一二月初めごろ、小松薬局の右新築店舗での薬局開設許可申請を受理することに決し、右保健所を通じて小松薬局に通知してその申請を受理し、同年一二月二六日、法規上の要件ではないが慎重を期して静岡県薬事審議会を開いてその意見を聞いたところ静岡県衛生部の意見と同意見であつたのでこれをも参考として本件許可処分をしたこと、そこで小松薬局は右三六四番地の四二の土地上の建物内の店舗(以下右店舗を現店舗という。)に薬局を開設し今日までその営業をしていること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
三、以上の事実によれば、参加人は、当初から第一店舗より現店舗への移転を企図していたと認められ、第二店舗は、現店舗完成移転までの間の暫定的、仮店舗と認められるから、適配条例第二条第七号の場合に該当するかどうかは第一店舗からの移転と現店舗における薬局の開設とについて考察すべきものと思料する。
しかして、適配条例第二条第七号の「薬局開設者が天災事変、土地の収用その他のやむを得ない理由により他の場所で薬局を開設しようとするとき」とは、前記改正薬事法の立法趣旨および適配条例の制定趣旨から考えて、従来の場所において営業することがいちじるしく困難であり、他の場所で薬局を開設することが相当であると認められる客観的事情がある場合をいうものと解すべきであり、かつ右事情は、必ずしも改正薬事法または右条例施行後に発生した事情には限らず、当該行政処分をする際にかかる事情が現在すれば足りるものと解すべきである。
四、本件においては、以上認定の事情、ことに小松薬局が第一店舗での薬局を廃止して現店舗へ薬局を開設しようとした動機は、その全く任意、自由な発意によるものではなく、都市計画により従来の店舗の面積の約三分の一弱が街路計画にかかり、その計画が近い将来実現される可能性があると判断し、そうなつた場合店舗がいちじるしく狭隘となり薬局経営が困難となるため、余儀なくその旨決定したものと認められること、小松薬局の第一店舗の廃止および現店舗の開設の計画、ならびに第一店舗のある小松正雄所有地の譲渡は改正薬事法および適配条例施行前になされ、かつ現店舗の敷地の取得に関する契約の大綱も右施行前に決定されていて、右施行後これを破棄して新たな開設場所を定めさせることはとうてい適当であるとはいえず、しかも小松薬局の現店舗と原告店舗との距離は前記認定のとおり、歩行距離にして約九六メートルであるが、その第一店舗と原告店舗との距離も一五〇メートル未満であつたことが検証の結果によつて認められること、以上の事情に徴すると、小松薬局が第一店舗で薬局を開設して営業を継続することはいちじるしく困難であり、現店舗で薬局を開設しようとするのはまことにやむをえない理由があると認めるのが相当であるから、本件許可処分は適配条例第二条第七号の場合に該当し、したがつて同第三条に定める配置の基準の適用がない場合に該当すると解せられるから、本件許可処分は、現に存する薬局の設置場所との距離が一五〇メートルに満たない場所についての薬局開設の許可処分であるが、同条例第三条に違反し、薬事法第六条第二項にいう「その薬局の設置の場所が配置の適正を欠くと認められる場合」に該当する違法な処分ということはできない。
五、したがつて、原告の本件許可処分の取消請求はその理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用および参加によつて生じた費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九四条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大島斐雄 高橋久雄 土川孝二)